視力回復手術
プロフィール
大久保英昭選手

社会人野球監督
大久保英昭さん

視力 0.05 → 1.5

▼プロフィール▼
1969年7月3日生まれ。神奈川県出身。慶応大学卒業後、日本石油でプレー。1997年近鉄バファローズ入団。

レーシック治療体験談

『いつも朝起きても、「眼鏡、眼鏡......」とかやっていたのに。おかげで、夫婦仲もよくなりました(笑)。』

■コンタクトレンズだと、風の強い日とかは、集中力を持続しながらプレーができるような状態ではなかったですね。
眼鏡を使い出したのが、高校2年ぐらいからでしょうか。夕方、練習中にボールが見えにくくなってきて。それで、野球をやるときは、眼鏡だと距離感がまったく合わないので、ちょっとシンドイなーと思って、コンタクトレンズを使い始めたんですよ。最初は視力0.6ぐらいだったんですが、それがどんどんと下がっていって、結局、治療前は0.05まで落ちていましたね。コンタクトレンズだと、風の強い日は、集中力を持続しながらプレーができるような状態ではなかったですね。

それから、ドームで試合するときは、空気が乾燥しているので、バッターボックスに入って、ピッチャーの投球を待つ間に目が乾いてしまうんですよ。まばたきをするのに困るというか、焦点が合いにくいんですよね。それで、最近は乱視も出てきたりして、ボールを追いかけているときにも、ちょっと目を離した隙にピントが合いにくかったりと、いろいろ大変でしたね。

■『俺、なんかしてたっけ!?』というくらいに、普通に見えることが信じられないんですよ。ホントに。
今年になってからパソコンを買って、ホームページを見ているうちに、Lasikの治療を西川哲さん(編集部注:プロゴルファー、母親は女優の五月みどりさん)が受けたというのを聞いて、五月さんと同じ事務所の家内(編集部注:女優の大東めぐみさん)とも相談して、五月さんを通じて紹介してもらったという(笑)。

これまでは、コンタクトレンズを入れるよりも楽ということで、専用の眼鏡を作る方法も考えたんですが、Lasikの安全性も十分理解できましたので、球団や監督とも相談して、治療することに決めました。

治療を受ける直前は、不安よりも期待が大きかったですね。どうなるんだろう? どう変わるんだろう? という期待ですね。それで、治療もすぐに終わって、しばらくクリニックで眼を閉じて休んでから、眼をパッとあけたら、見えちゃったんですよね。暗いところも、遠いところも。もう、見えることが不思議というか、すごいというか。『俺、なんかしてたっけ!?』というくらいに、裸眼で普通に見えることが信じれらないんですよ。ホントに。

■おかげで、夫婦仲もよくなりました(笑)。
いままで、家内に『これ見て』とか言われても、『小さい字は見えないって言ってんだろ』と言う感じで、よく喧嘩になったりして(笑)。でも、今朝起きた後、これが読める、あれが読めるとかお互いに話してて。それで、家内がふざけて僕に向かって錠剤を投げたんですよ。それを僕がパッとつかんだときには、二人して驚きましたね。いつも朝起きても、『眼鏡、眼鏡......』とかやっていたのに。おかげで、夫婦仲もよくなりました(笑)。

■なんの迷いも持たずに、打席に入れると思うと、うれしいですよね。
いまの日常の生活の段階で、見えなかったものが見えているので、野球をやるのが楽しみですね。野球に活かしたいというのが、治療の一番の目的でしたし、いま、オフシーズンなので、体を慣らしながら、眼も慣らしながらという感じですが、早くゲームがしたいです。なんの迷いも持たずに、打席に入れると思うと、うれしいですよね。

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