視力回復手術
プロフィール
プロゴルファー 新関 善美さん

プロゴルファー 新関 善美さん

視力 0.6 → 1.2

▼プロフィール▼
1954年生。1978年にプロとなり、1986年には賞金ランク19位で初のシード入り。 11年目の1988年6月、ミズノオープンで初優勝し、賞金ランク9位に。通算4勝。

レーシック治療体験談

『自分の眼で見えるという、それは大きいことですよ。もし人から相談されたら、絶対受けなさいって、必ず勧めますね。』

■Lasikを受けようとしたきっかけ
大学受験の影響で18歳ぐらいから視力が低下して、運転免許を取りに行ったら眼鏡使用だと言われたんです。0.6〜0.7ぐらいで、はじめは眼鏡を使ってたんですが、20歳になってからはコンタクトレンズを使うようになりました。しかし、ケアが大変でしてね。乾くと固くなって割れるし、ケア中にダメにしてしまったり、落としたりして、非常にわずらわしかったですね。装着も必ずしもスムーズではなくて、うまく入らないこともままあって、そうすると、1日中不快だったりするんですよ。

ゴルフを始めてからは一段と不便さを感じてましたね。視力そのものは1.2から1.5ぐらいまで矯正されて問題ないんですけど、乾くでしょ、ホコリでしょ、季節によっては花粉でしょ。特にアゲインストのバンカーショットは最悪ですよ。最終ホールならそんなに気にせずに打っちゃうんですが、前半だと、目に砂が入ると後が大変なんで、非常に気を使うんです。ホントはプレー以外のことには気を使いたくないんだけれど、眼鏡でプレーしたことなんてプロになる前に少しの間あっただけだし、これしかないということで我慢していたわけです。

■主治医に教えられて飛びついた
ぼくの眼の主治医が東京にいまして、コンタクトレンズは彼にお願いしているんです。彼はぼくの友人でもあって、ぼくの悩みをよく知っていてくれまして、レーザー治療というものがあるということを教えてくれた。飛びつきましたね。それで、今回こちらでお世話になることになったんです。ぼくの場合、来年の出場資格に向けて11月から大切な試合があるもので、今ならそれに間に合う。タイミングもいいということで。

レーシックセンターにうかがったときには、普通の眼科医院とは違う印象を受けました。まず、きれいなことに驚きましたね。調度品にも気を使ってあるし、非常に落ち着けました。先生やスタッフの方たちが若いのも気が張らなくてよかった。そして、レーザー治療の専門クリニックなので、みんな同じ目的で来ているということで、非常に安心感もありました。それどころか、治療の日が待ち遠しくて。もともと、一度決めたらとことん、というタイプなんで、任せよう決めたからには迷いませんでしたね。

■治療後の視力回復をオリンピック開会式で実感
治療は、確かに時間もそんなにかからないし、不安はないけれど、実際に治療を受けてみてやっぱりスゴイことをやってるんだなって感じ。でも、痛みはまったくなく、多少圧迫感がある程度で。それに、眼がよくなることを思えば、ぼく自身これにかけていたんです。

治療後はしばらく涙目になってにじんでる感じがあって、多少まぶしかったりしました。でも、午後2時半ごろに治療して、その日はたまたまオリンピックの開会式の日だったんですが、テレビで見てましたら、だんだんはっきり見えるようになってきまして、夜8時ごろには、コンタクトレンズを入れてるんじゃないかと思うくらいによく見えましたね。

■自分の眼で見えるということの大切さを思う
視力がわるかったときには眼を細めて見ることが多くて、なんだか恐い顔になってたんですが、これがなくなって人相がよくなっちゃう(笑)。家庭も明るくなっちゃって(笑)。それでね、いままで見にくかったものがハッキリ見えるようになって、しみじみ感じるんですが、五感のうちで、もちろんどれも大切だけれども、視覚というのはひときわ重要なんじゃないですかね。自分の眼で見えるという、それは大きいことですよ。タイガーウッズが、人生で一番大きなことはと聞かれて、レーザー治療で視力が回復したことだと答えたそうですが、ぼくもそう言えるようになりたい。もし人から相談されたら、絶対受けなさいって、必ず勧めますね。

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